Archive for the '日常' Category

謹賀新年

Posted by ゆのじ on 1月 4th, 2012

昨年は大変な年だった。今年はどうなるだろうと1年先まで考えるいいタイミングなので色々と考えてみた。

正直景気はそう簡単には上向かないだろう。というより、そろそろ資本主義の歪みが限界を迎えようとしているように見えてならない。ネズミ講が駄目な理由は倍々ルールで子を増やしていったら破綻するから、なのだが、それと全く同じ状況を推し進めてきた結果、一般社会も同じ格好になってしまっている。わたしゃ専門家じゃないのでこのまま進んだ結果どうなるかは知らないが、ここで破綻しても無理して引っ張っても、どうも自分の生きている間に破綻を見るんじゃないかという気がしてならない。
まぁ正直なところ、だからどうしたという話なのだけど、そういう流れに乗ってしまっていることを頭の片隅におきつつ流れに棹さして進んでいけば、なるようになるだろうと思っている。嫌でも逃げられない以上しょうがないし、宗教じみた話には興味がない。それに人を騙すような商売をしたいとも思わないしね。

そういう読みの上、今年は去年1年かけて手を広げたネタを育てる年としたいと思っている。正直去年は手を広げすぎた感がある。面白い繋がりも出来たが、不本意な結果に終わった物も多かった。そういう反省を生かして、去年蒔いたネタを育てて、面白いものを生み出していく年にしたい。

そういえば毎年恒例の初詣、近所の多分氏神様だと思われる神社に行った。そこでお札を買いつつおみくじを引いたらこのような事が書いてあった。

望用何愁晩 望みごとおそきとて何もあんじ うれうるまじきとなり
求名漸得寧 しだいしだいに名をあげんと思えばこれよりやすきことをうべし
雲梯終有望 雲のかけはしのような出世のよき手がかりができるべし
帰路入蓬瀛 帰りみちに仙人の宝の山に入りつねにたのしむべしとなり

前途は明るいじゃないか。前向きにノンビリやっていこう。

今年も1年宜しくお願いいたします。

師走

Posted by ゆのじ on 12月 7th, 2011

もう今年も後3週間ばかり。

振り返ってみると、今年はだいぶひどい年になったような気がする。もっとも、そのうち震災に関わる諸々を取り除けば普段とさほど変わらないような気はするし、震災と原発が結局ひどい印象の大半を作っているのだろう。ただ、そのことはいろいろなことを考えるための良いトリガにもなった。
それに加えて、今年はだいぶ多くの人と(主にtwitter経由で)知り合った年でもあった。twitterを使い始めたのが2007/4/27 20:08:45(+0000)、らしいのですでに4年と7ヶ月強経過しているが、今年ほど知り合いが増えた年は無かった。色々と教えて頂くことも多くてありがたい限り。今後ともよろしくお願いします。

さて。世界的にいろいろなシステムに無理が出てきているのは間違いないし、ここ数十年安定しているように見えたシステムのいくつかは私が生きている間に破綻を見ることになるだろう、ということが明らかになったが、だからと言ってそれは状況が悪化したことを示すわけではない。システムは巨大すぎて変化速度は遅いが変化し始めたことを変えることはほぼ不可能だ。そうであれば、明らかでないまま破綻を迎えるよりは明らかになっていたほうが選択肢は増える。そんなふうに考えれば、悪い知らせに聞こえる話だってじつは悪い話ではない。
確かに今の日本の状況は極端に悪いし、そういう状況に放り込まれてしまった自分を不幸だと嘆くことも出来るが、それをトリガに色々考えていけばいいだけの話。これまで通り、最悪ケースを想定しつつ楽観的にススメ、は継続しつつ見直しを図っていけば、あとはなるようになるだろう。個人的に言えば、状況は悪くないんじゃないだろうか。まあまずはマクロに見て考える。ミクロなのはその次だ。

まだ大掃除も始めたばかりだが、実家を出てから溜に溜め込んだ資料やら書籍やら資材やら、大幅に捨てている。来年はシンプルに(Keep It Simple, Stupid!)生活してみたい。ミニマリストになりたいとまでは思わないが、可能な範囲で。いつでも臨機応変な動きが取れるように。

皆様今年はお世話になりました。また来年もよろしくお願いいたします。

時代の移り変わり

Posted by ゆのじ on 10月 27th, 2011

時間は常に進み続けるものではあるけれど、その動きが感覚としてわかるときがあるのではないかと思う。

その実感を強めざるを得なくなったのが今年。時代を変えるような人間が何人も死んでいき、災害は世界中で何百年に一度何千年に一度規模のものが起きている。所詮人間の所業など戯れに等しいと言うことかもしれない。100年先を見据えた政治が出来る人物が出てくればと思っているものの、それは実は自然現象、ひいては物理学に刃向かうということなのかも知れない。だからといってそれを諦めては人間が人間たる部分を失いかねない。面倒な話だ。

そんな中でも自分はそれなりに食わねばならないのは事実。どこかの成り上がり企業のように貧者を騙して金を吸い上げるようなビジネスはしたくないし、身の丈を超えた贅沢をしようとも思わない。ただある程度ちゃんと飯が食えて、ストレスの少ない生活が出来て、自分の作り出したものによって他の人がそういう生活を得られれば、だいぶ幸せなんだろうなと思う。

忙しすぎて仕事以外には息抜きにこういうことを考える程度の余裕しかないのだが、あと半月もすればこの忙しさは抜けるはず。そうしたら半月ばかし考えにふけるのも悪くなかろうと思う。

さて、今年はこの程度で済むのだろうか。