Archive for the '思想' Category

知識が増える=最適解、ではない

Posted by ゆのじ on 3月 5th, 2010

新旧Arduino。新しい方は一部チップ部品化されたりITAシールがはってあったりする。

専門的な手伝いなんて期待できない零細企業なんぞやってるものだから、どうしてもあれこれと幅広くやらざるを得ない。やるからには一応押さえるべきレベルまで押さえないと気が済まないので、気がつくと膨大な時間をかけて膨大な知識を仕入れることになる。

だが、こうやって大量に知識が入ってくること自体はうれしいのだが、それだから最適解が得られるわけではない。かえって、選択肢が少ないほど最適解だったりするのが現実だ。

変な知識ばかり得て、かえって遠回りをしないためにも、最適解たるための条件をきちんと自分で理解して選択していくようにしたい。マクロに見て、ミクロに見て、斜に見たりひっくり返してみたりしながら最適解を求めることを日々繰り返すことで、きっと脳には最適解検出エンジンが構築される。これこそが「眼」といわれるやつなのだろう。ぱっと理由は言えないけれど、なんとなくいい、悪いがわかるというやつだ。

その何となくには突き詰めれば大量の根拠が埋まっている。幅広く柔軟に、眼を鍛えていきたい。

偉そうな言葉で発言者を縛れ

Posted by ゆのじ on 2月 5th, 2010

PENTAX auto110

偉そうに「だ・である」調で駄文を書き散らしている私ではあるが、なるべく偉そうな上から目線の発言は避けたいと思ってきた。それは、そもそも私自身が上から目線で語るほどのものを持っていると思ってはいないし、そういう言い方をしてしまうと視野が狭まる気がしていたからなのだろう。

だが、最近は少し偉そうな言葉を吐いてもいいのではないかという気がしてきている。といっても誰かに上から目線で物を言うわけではなくて、自分はこういう人間でこういうことをしているのである、マル。というようなことを言った方がいいのではないかということだ。こういう事を言ってしまうと、それは自分自身の言葉で自分自身を縛ることになるし、前段で書いたように視野が狭まる怖れもある。だが、広すぎる視野を持ちながら破綻させないことは至難の業、私の場合いささか破綻してしまっている。そこを持ち直すためにも、まずとっかかりを作ることが必要なのではないか、そういうことを考えたわけだ。

視野が広がりすぎという話だと、集中力も些か不足してしまっている。ちょうど、ゆっくりと動きながら高速でこなす、一流の研究者の Doing リストという記事を読んだばかりなので、ToDoを書き出すフェーズと作業を行うフェーズを明確に分離して、余計なことに気を取られないようにしてみているが、思いの外うまく働いている。時間も予算も集中力も売り切れ気味な今、せめて発散してしまいがちな意志を道具の力で集約させてみるのも悪くない。

 

余談。写真はPENTAX auto110という古い古いカメラ。友人のO氏に一時貸していただいているもの。すでに110フィルムは全てのメーカーで製造終了してしまったようなので、慌ててフィルムを買いあさっているところである。良いカメラなのだが、コンデジが悪くない今、すでに出番は失われているのかもしれない。
だが、110フィルムのような超小規模でなおかつそれなりにファンがいて固定ニーズが見えそうな(110が実際そうなのかは全然調べていないけれど)市場に、元々より若干高い、程度で商品を流せるようなことが出来ないのだろうか、とか思うこの頃。製造現場まで考えるとそんな甘い話じゃなくて1桁も2桁も値段が変わるだろうな、とは思うのだけど、知恵でどうにかならんものか。
知恵を金に換える錬金術師の私としては、長期的に考えていきたい分野の1つである。

火中の栗拾い

Posted by ゆのじ on 1月 29th, 2010

階段を上りきった先にはおいしい実がなっているのか ここしばらく、物を作ろうというモチベーションが高まっているので、ずいぶんと調べ物を続けている。そこでわかってきたことは、やろうとしたことは大抵可能だということ。

もちろん、何でもかんでも今すぐ出来る訳じゃないのだが、必要なのは自分自身のそこに集中する熱意と、ある程度の予算とリスクを取るということだけ。それは結局普通のビジネスと変わらない。なので、後はどこにコミットするのが楽しいのかということだけ。

世の中に、絶対に必要な物、というのは全て存在している、という確信に近い思いがある。だから、新しいジャンルはライフスタイルとセットで提案されてくる。
しかし、うちの方針からしても、「生活を豊かに」といいつつ浪費を増やしてもらうのは性に合わない。だから、今現在存在しているジャンルで、オリジナリティを持った物を作って、買った人には長く(それこを何十年と)使ってもらえるような提案が出来たら、それが理想的なスタイルになると思う。
もちろん、全ての物を作るわけにもいかない。まずはどのジャンルからどのように進めていくか。よく考えていきたい。

そういえば、しばらく前の新年会で、我々の作りたい物は割と芸術品、工芸品に近い方向なのだろう、という会話をしたことを思い出した。そういった方面でも食う方法はないのかとよく考えている。
どちらにせよこれからの時代、そうそううまく儲け話があるとも思っていない。必要十分な実入りがあって、自分の好きなことをするのが夢、と良く言うが、自分の求めたい方向の仕事をしつづけることが、実は必要十分な実入りを得るためのキーなのではないか。鶏が先か卵が先か、どちらを先と考えるかで世界は大きく変わってくるのではないか、どうか。

 

ミーハーなことにマイケルジャクソンのTHIS IS ITのBlurayを発注していたが、届いた。映画館では最終日に1度見ただけだが、BDはすでに3回ほど見た。あのBlurayには芸術品や工芸品を作るためのヒントが多くあるような気がしてならない。元々音楽には詳しくないし、マイケルジャクソンのファンというわけでもないが、ヒントは多い。

iPadも出た。あれは使い道が多そうな気がする。

まずは一歩ずつ。