Archive for the '思想' Category

9月

Posted by ゆのじ on 9月 6th, 2010

某カフェをHDR撮影してAutoStitchで合成してみた

あっという間に8月は過ぎて9月になった。結局8月は1ポストしか出来ないという体たらく。忙しいを言い訳にしないで過ごしたい。

なんというか、ここのところ「この先30年」を考えるようになってきた。やっとかよ、という話ではあるが、人のことを馬鹿に出来ないほど足下しか見ていなかったので、この脳内モードの転換は歓迎すべきことだと言えよう。

とはいえ、同一の事業として30年続けられるような事業はおそらく自分には向いていない。いろいろな事業をやることになるだろうが、その軸になるようなこと、はぶれてはいけないと思う。

なるようになるし、なるようにしかならない、の中で何が出来るか。これを縛るのはきっと想像力だろうなと考えている。本人がリアルに想像出来ない物はどうがんばっても実現出来ないのだ。

ゆとり教育を受けてゆとりのない心に

Posted by ゆのじ on 7月 7th, 2010

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ゆとり教育を受けていた人がだんだんと社会に出てきているという。

ゆとり教育そのものやその結果もさておき、そういう人を馬鹿にする人も含め、日本の多くの人から「ゆとり」が失われすぎてはいないだろうかと思う。
ゆとりがないから目の前のことばかり気になってしまって先をみる余裕がない。先を見ないから先に投資もできない。先に投資しないからフラフラしてまっすぐ進めないし結果もでない、迷走してしまう。

かっこよく生きないと、というわけではないけれど、武士は食わねど高楊枝的な矜持をもって生きるのも大事ではないかと思う。勉強ができたって、「人間かくあるべし」というような考えが持てないようでは程度が知れる。親が子に教えなきゃならないことなんてそういうことなんではないかね。人生を、世の中を俯瞰するような鳥の目を持てる根本的な思想。

ぼろぼろの今、それを取り戻せるのだろうか。誰もが気づいたときにはもう手遅れなのだが。

必要なものを、必要な状態に、いつも。

Posted by ゆのじ on 6月 26th, 2010

現実逃避中。

 

先のポストで、メモリを足してHDDをSSDに変えた、と書いた。その結果、これまで「起動時に同時に立ち上がってほしいんだけど重いのはいやだから」とstartupにいれていなかったevernoteをstartupに入れたり、重いから仕方なく同時起動していなかったVisualStudioとeclipseを何も考えずに起動したりと、大変ストレスが減ったように感じている。

つまるところ、前々から富豪的だと指摘され続けている、ブラウザにタブを大量に開いて(しかもSafariとFirefoxとIEと同時に開いて)動作を確認しつつ、裏のVMWareで動いているLinux上のファイルをeclipseで開いて編集してやって、画像が足りなかったらそこでおもむろにPhotoshopとIllustratorを立ち上げる、なんてことが、何も気にすることなくできるようになった。

そもそも、ユーザ目線の私(*)からすればコンピュータは「最低限」こうでなければならないものだった。それがやっとかなった、そういう気がする。いずれまたいろいろ足りなくなってきてしまうのだろうが、今は気分がいいので先のことは忘れておくことにしよう。

 

(*)エンジニア目線の私からしたら、あれもこれも無茶しやがって、なのだが、でもそれって作る側のエゴであって、自己満足にしかならない。モノがユーザのためにあるとするならば、エンジニア目線なんて忘れてしまうべきだ。